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2話 堕胎手術

last update Tanggal publikasi: 2026-06-05 08:00:24

お父様のそんな声を転がりながら聞く。お父様がそう怒鳴りながら私に近付く。しゃがみ込んだお父様は私に小さな声で囁く。

「美緒」

そう言われて私は少し驚く。その声に優しさが滲んでいたから。

「よく聞け」

そう言う声は低く、雨音にかき消されそうな程で、恐らくは私にしか聞こえていない、そんな声だ。

「お前を療養所に送る。そこで大人しくしていろ。騒がず、逃げる事も考えずに、誰とも連絡を取るな」

私は赦しを乞おうと言葉を口にしようとして、それでもそれが言い訳にしか聞こえないだろう事を思うと言葉が出ない。お父様は私の腕を掴む。その力はとてつもなく強い。

「良いから黙って聞け」

お父様が私の腕を掴み上げ、私の瞳を見つめて言う。

「三カ月だ」

三カ月……? お父様が続ける。

「たった三カ月、大人しく療養所に居るんだ。三カ月も経てば、世間の騒ぎが落ち着くだろう。そうしたら迎えに行く」

(世間の騒ぎが落ち着いたら……? 三カ月後に迎えに……? 何を言っているの……?)

(お父様は私を捨てた訳じゃないって事……?)

今の私には分からなかった。

(私を足蹴にして、縋る私の手を払ったのに……?)

それでも私を見つめるお父様の瞳には何か、温かいものを感じる。熱い涙が込み上げて来て私の瞳を歪ませていく……三カ月経てば、きっとお父様は迎えに来てくれる、そう思えた私は頷く。それだけできっと伝わると思ったから。ほんのわずかな時間、お父様は私を見つめ、そして私の腕を離す。

「連れて行け」

数人の男に囲まれる。視界の中で義妹の瑛理香と義母の華瑛さんがニタニタと笑っているのが見える。お父様が私に背を向けた瞬間に二人ともニヤ付いていた顔をサッと変えて、眉間に皺を寄せる。お父様の背中に、まるで労わるように手を当てた華瑛さんが振り返る。その顔にいやらしい笑みを浮かべている。口角が上がり、私を蔑むように見て、お父様と共にそのままお屋敷の中に入って行く。私だけが数人の男に立ち上がらせられていた。お屋敷に入って行くお父様の背中が扉の向こうに消えた瞬間だった。瑛理香が私に向かい、少し首を傾げ、不気味に微笑み、片手を上げて振って見せたのだ。その口が動く。

~さ、よ、な、ら、え、い、え、ん、に~

ハッキリとそう口を動かした。

「さよなら、永遠に」

(永遠に……?)

水を吸ったワンピースが重く冷たい。血の気が引いて行くのが分かる。

(おかしいわ……これは絶対におかしい)

お父様はハッキリと三カ月と言ったのだ。たった三カ月だと。もしそれが本当なら、何故、瑛理香は私に“永遠に”などと言うのだろう。そこまで考えて私はハッとする。

(これは……罠だわ……瑛理香も華瑛さんも私を療養所から出す気は無い……)

そう思った瞬間、私の背筋が凍る。ある可能性について、私自身が気付いたからだ。

(お父様は華瑛さんや瑛理香の計画を知らない……?)

(だとするならば、私は今、この場でお父様に真実を伝えなければ!)

そう思い、私は口を開きかける。

「お父様―――」

その口が私を立たせていた誰かによって塞がれる。

「んんーーーー!」

言葉は口で覆われた何かでかき消され、発せられる筈だった声は塞がれた何かによってくぐもってしまう。体全部を使って私は抵抗した。けれど私を囲んでいるのは数人の男たちだ。力で敵う筈が無かった。

必死にもがき、息を吸い込む。その瞬間、喉の奥と鼻の奥に鋭い刺激を感じる。

(これは……何……?)

そう思った時にはもう遅かった。私の鼻腔を満たす甘ったるい匂い、その匂いを感じた時には私は意識を失っていた。

◇◇◇

「……生きてるのか?」

そんな声が聞こえて来る。

「あぁ、大丈夫だ。バイタルは安定している」

誰かのそういう声が聞こえる。目を開ける。真っ白な天井、鼻をつく薬品の匂い。それだけでここがどこかは大体の察しはつく。私の顔を覗き込む数人の男。皆、緑色の帽子を被って、同色のマスク姿、そして同色の術着。私は咄嗟に体を動かそうと試みる。

ガシャン!!

私の体は固定されていて、動かす事が出来ない。ここから何が起こるのかを予期して、涙が溢れて来る。

「止めて……お願い……私の子、なの……」

私がそう小さな声で呟くように言うと、私のその口を覆うように透明なマスクが被せられる。麻酔薬が呼吸する度に入って来る。遠のく意識の中で耳の奥に聞こえて来る会話……。

「奥様からのご指示だ。“アレ”はきちんと残しておけ。後で使うそうだ」

アレと呼ばれた瞬間、心臓を鷲掴みにされたように、心臓が痛む。朦朧とした意識の中で私は必死に言う。

「私の子、に……何を、する……つもり、なの……」

本当は自分でも分かっている。この後に起こる事、それが私の身体と魂を引き裂く行為だという事も。

「止め、て……お願い……! お願い、します……私の、子なの……」

意識がどんどん白濁して行く中で無情にもカチャカチャという金属音だけはきちんと聞こえていた。そして私の懇願には誰も答えない。熱い涙が目から流れて行く。

もう体に力も入らない。

(お父様……お父様は三か月後には迎えに来るって……そう言っていたのに……)

白濁して行く私の視界の中で手術用のマスクと帽子姿の人が動いているのが分かる。

(お父様がこの事を知ったら……きっと、お怒りになる筈だわ……)

私は最後の力を振り絞り、目を見開く。

「お父様が知ったら ―― あなたたちを許さない……!」

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